子供の自立 親の教育と学校の教育

子供の自立 親の教育と学校の教育

おはようございます。『田舎暮らし・理想の町どっとこむ』のサイト運営管理責任者の味方良太郎です。

『田舎暮らし・理想の町どっとこむ』サイトでは、『世界平和村』や『理想の町』を創ることを目的とし、それには『自立』『交流』『移動』を日本に広げることが大切なことだと、昨日までに説明しました。

また『自立』と『交流』と『移動』の3つは密接な関係があり、その中でも自立が一番大切なことも言いました。

それでは、人はどのようにして、自立する人間と自立できずに何かに依存する人間とに分かれてしまうのでしょうか?

最も大きな原因は、子供の頃の教育にあります。子供の頃の教育は二つあり、親の教育と学校の教育です。

まずは、親の教育です。子供は生まれた時には当然親に依存しています。赤ちゃんは一人では生きていくことが出来ません。親も赤ちゃんのそばにずっといます。生まれた赤ちゃんが1年以上経つと歩くようになります。しかし、親にだっこを求めたりします。やがて、保育園や幼稚園に通うようになります。ここで親から少し離れて時間を過ごすことを覚えます。

昔から三つ子の魂百までと言うように、三歳までの教育が非常に大切になってきます。何でも親がやってやると、子供は自分で何もしようとしなくなります。自発的に行動させるようにするためには、親は子供の様子を見守りながら、どうしても出来ないことだけを助けてやるようにする必要があります。小さい時に何でも親が助けてしまうと、自立できない子供になってしまいます。

6歳で小学校に入ります。義務教育の始まりです。6歳までは親の教育が大きいのですが、小学校からは学校の影響もどんどん大きくなってきます。

日本の学校教育は大きな問題が沢山あります。まずは、学校のルールや規則が一番大切で、みんな同じことをすることが良い事だとするところです。そこに自由はありません。個性はありません。先生の言う事が絶対であり、更に校長先生の存在が絶対なのです。もっと言えば、教育委員会や文部科学省の力が絶対なのです。お上の言う事には逆らえない、長い物には巻かれろ、的な発想は江戸時代から何ら変わりはありません。

そもそも教育とは自立を教える場所であるべきところが、上に依存することを躾けてしまっているのです。

これは、先生の言う事を絶対化させることによって、学校の教育をスムーズにさせる目的と、大人になってからの労働力の確保をスムーズにさせることの目的があります。これは、明治から始まった戦前の富国強兵政策と似ている所があります。如何にして、強い日本を作るのかを国家の目的として、学校卒業後は工場などで監督官の言う事を聞いて仕事をする。徴兵されれば、上官の言う事だけを素直に聞くようになり、国家の為には死ぬことも恐れない人間になる。そのような人間を育てるために、子供の頃から教育されるのです。

高度経済成長の日本も同じようなものです。国家の景気を支える日本の企業で働く人間が、如何にして会社に尽くす人間になるのかを学校で教育するのです。会社に尽くすことが、国家をより繁栄させることなのだと教育するのです。

しかし、時代は変わりました。バブル経済の崩壊後には、企業も国家も衰退の一途に向かっています。

そこでやっと、個性が大切だとか、自主性が大切だとか言われるようになってきました。今までは協調性やルールを守ることが大切とされていた教育が徐々に変わり始めたのです。

ただ、学校教育という部門は、もっとも時代遅れの部門なので、なかなか時代に追いつけません。経済状況や時代の流れと30年~50年ぐらいずれがあります。

当然、悪いのは学校教育だけではありません。親の教育も必要です。小学校までが親の教育ではありません。大人になるまで、親は子供に教育を続ける必要があるのです。

親の一番の義務は、子供を自立させることです。より早く一人で社会で生きていけるように教育することです。親に依存しないように独立を促すことが親の務めです。

子供を自立人間にさせるのか、依存人間にさせるのかは親の教育と学校の教育に掛かっています。もちろん本人の努力も大きいのですが、本人のやる気が出るように教育することが必要なのです。

ただ、問題は教育する側の親も、自立していない場合が多いことです。親が自立していないのに、子供を自立する教育をすることが出来るわけがありません。それ故に、学校の教育の存在が大きくなってくるわけです。

本日は以上です。ありがとうございました。